toddler’s diary

以前は研究にあまり関係ない雑談・2023年4月から本を通じた自分の振り返りやってます

ランダウ=リフシッツ「場の古典論」東京図書 1978

本の選択は特に規則性を設けず,すごく思い入れのあるものやまだほとんど未読のもの,古いものや新しいものをとりまぜていこうと思います.

 

今日取り上げるのは通称「ばこてん」と呼ばれる物理の教科書.

私の出身の東大計数工学科は進学振り分けの段階では応用物理(おうぶつ)という大きな枠で進路が決まり,3年生に上がるときに計測・数理・物理工学の3つに分かれるシステムでした.

数学は好きでしたが東大で鬼のように数学出来る人たちを見るようになってからは,どちらかというと情報系の研究として計測コースとかを考えていましたし,一方高校のときに Newton が創刊されて購読していたこともあって物理にも興味があり,そちらの進路を希望していたのですが,なぜか振り分けられたのは第3希望の数理でした.

今となってみれば数理に行ってよかったなと思います.

 

さて,場の古典論は特に物理工学科に進んだ同級生たちが定番教科書としてよく話題に上げていたのでつられて買ったという本です.ただし実は全部は読破しておらず,後になって必要に応じて辞書的に関係する部分を拾い読みするくらいの使い方をしているという感じです.

 

相対論の説明としてはもっともわかりやすい本の一つだと思いますが,なにせ分量が多いです.

 

物理学というのは,核となる数学的構造とそれを物理現象のモデル化に応用するという二つの側面があり,両輪のように重要なのですが,学習過程ではそれが少しもやもやとします.数学の部分だけで説明すればシンプルですっきり20ページくらいでこの本全部説明できるんじゃないかとついつい思ってしまいますが,それだと物理現象とのマッピングについてはわかりにくくなってしまうし,逆に何のためにその数学があるのかというモチベーションも下がってしまう.それらをうまく両立するような本が書けないかと昔から思っているのですが,あまりよい案が浮かびません.

結局我慢して通読することで血の通った知識になるということで,学問に近道はないという結論なのかもしれません.