この話は私がM2の学生だった頃,当時助手だったK.K.氏(現R大学教授)から聞いた酢豚にまつわる悲話です.
本来 K さんの軽妙な語り口で聞くのが一番面白いのですが,話自体面白いので文はまずいですがここに記録しておきます.
(正確には大学院時代に某サークル機関誌に載せたものの写しです)
中身的に際どい部分もあり,食事中の方や差別用語に敏感な方は閲覧をご遠慮ください.
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昔々中国では酢豚は高貴な人だけが食することのできる貴重なものでした.
当時,酢豚は次のようにして作られていました.
まずはじめに人参,玉葱,椎茸,豚肉などの材料を調理人が適当な大きさに切って軽く火を通します.
次にその材料を酢豚奴隷と呼ばれる女奴隷が噛まずに飲み込みます.
しばらく経ってから,酢豚奴隷は腰を折ってしゃがみ,喉を全開にして
「オェー,ゲェー,ゲェー ^^^」
っと吐き戻します. それを調理人が皿に盛って出来上がりです.
まったりとしてコクがあり,それでいてしつこくなく,胃酸と材料との
組み合わせが絶妙なバランスの味を醸し出していました.
ただ,酢豚奴隷の体調が悪いとその前に食べたご飯が混じって
中華丼ができてしまうこともありました.
このようにして作られるものですから,まず第一に酢豚奴隷は育ちがよくなければなりませんでした.
しかし,身分の高いものにそのような仕事をやらせるわけにはいきません.
そこで奴隷の子供を適当に選んで,赤ん坊の時から皇女たちと全く同じように育て,その子が12歳になって成人した途端に
「今日からおまえは酢豚奴隷だ!」
と宣告して皇女たちと引き離してしまうという残酷な仕打ちをしてしまうのでした.
酢豚奴隷にとってはまさに寝耳に水,天国から地獄へ真っ逆さまの衝撃でした.
また,酢豚奴隷は処女でなければなりませんでした.
酢豚は育ちの良い処女が作ってはじめてあの独特の味とコクを出すことができるのです.といっても男が欲しい盛りの酢豚奴隷にとってそれはなんとも耐え難いことで,自分で慰める毎日でした.
さて,あるところに若い酢豚奴隷がいましたが,毎日毎日酢豚を吐き続け,しかも欲求不満がたまって心身ともに疲れ切っていました.
以前からこの酢豚奴隷に心を寄せていた調理人が同情心から親切にしてやっているうちに互いに愛し合うようになっていました.
「ウマ子さん,僕の気持ちはわかっているだろう」
「だめよカバ男さん,私は酢豚奴隷よ...」
「そんなの黙っていればわかりゃしないさ...」
そうしてとうとう2人は結ばれたのでっした.
しかしどの世界にも海原雄山のような食通がいました.
彼はその酢豚奴隷が作った酢豚を一口食べると,
「ム...これは... 貴様,禁を犯したな」
「ど...どうかお許しを...」
「許せん,男の味のする酢豚を食わせるとは言語道断歩行者横断お医者の診断頭部切断!」
そうわめき散らしながらその食通は調理人もろとも酢豚奴隷を一刀両断にしてしまいました.
(おしまい)